領域代表 尾松孝茂(千葉大学)
物体や現象がその鏡像と重ね合わせることができない性質であるキラリティーは、自然界で数多く見られます。分かりやすいキラルな構造の一つに、らせんがあります。DNAのような生体物質からうず潮のような流れまで、らせんは、数多く自然界に存在します。
「ナノ物質を階層的に配列してらせんなどの構造を創れば、自然界の物質の機能を超えたキラルな新奇物質を創成できるはずだ。」それは、物質科学の長年の思いであり究極の夢でした。
螺旋電場を持つ光を円偏光と呼びます。円偏光の螺旋電場の向き、すなわち、左周り、あるいは、右周り円偏光に対して物質の光吸収が異なる現象を円偏光二色性と呼びます。円偏光二色性は、物質のキラリティーを検出するために広く用いられてきましたが、その大きさは全吸収強度のわずか1/100以下にすぎません。これは、光の波長で決まる螺旋電場のピッチの空間スケール(サブミクロン)に比べて、物質を構成する分子の空間スケール(ナノメートル)が2桁も小さく、円偏光の螺旋電場が分子のキラリティーにほとんど作用しないためです。
これまでの常識では、光でナノ物質を階層的に配列してらせんを創ることなど、到底、不可能だと考えられてきたのです。
ところが、レーザー技術と微細加工技術の革新的進歩が、今、光を大きく進化させようとしています。
通常、光の波面は不連続でかつ平面です。最新レーザー技術が、連続的で螺旋を描く波面を持つ光である光渦を誕生させました。また、先端微細加工技術が、プラズモニクスをはじめとするナノ光学を発展させました。いまや、ナノの世界で円偏光を自在に創成できるようになったのです。光渦とナノ光学の両輪が誕生した今こそ、長年の夢をかなえる時なのです。
本研究領域では、光の螺旋性の科学と最新の微細加工技術を探求して、ナノ物質から生体組織まで多様な物質を光で操り、らせんなどの構造を創ります。そして、物質科学の長年の夢をかなえます。さらに、キラルの化学・らせんの工学・渦の物理学など、既存の分野を超えた横断的研究分野を開拓します。